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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)1170号 判決

控訴人

横浜日野自動車株式会社

右代表者

伊藤真光

右訴訟代理人

田中義之助

ほか二名

被控訴人

川西半兵衛

右訴訟代理人

落合長治

ほか一名

主文

原判決中被控訴人関係部分を取消す。

被控訴人は控訴人に対し金弐百七拾九万七千九百四拾四円およびこれに対する昭和四拾七年八月弐拾五日以降右金員完済に至るまでの年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

(一)  控訴人が自動車の販売を目的とする会社であることは当事者間に争いがない。

(二)  控訴人は、昭和四六年一二月一七日訴外有限会社下田物産(以下下田物産という。)に自動車一台(冷凍車、四六年式KL三四〇、登録番号横浜一一さ四四七四)(以下本件冷凍車という。)を売渡し、被控訴人は右売買契約上の下田物産の一切の債務につき連帯保証をした旨主張するので、右売買契約および連帯保証契約の成否につき判断する。

〈証拠〉を総合すると、

(1)  控訴会社は、昭和四六年一一月中に第一審被告下田府源から冷凍車一台の購入方申込を受け、同年一二月一七日、控訴会社と右下田府源との間で、控訴会社は、下田府源が代表取締役をしている下田物産に対し、本件冷凍車を割賦販売代金五〇六万五、九四四円、頭金(即時金)一〇万円、残額は二四回の割賦払、割賦金の支払が一回でも遅滞したときは、控訴会社は直ちに契約を解除することができる、下田物産は、契約を解除されたときは、直ちに自動車を控訴会社に返還する、この場合には割賦販売代金相当額から返還自動車の価格を控除した差額を控訴会社の損害とし、既に受領した代金は右損害金の弁済に充当する等控訴会社主張のとおりの約旨のもとに売渡す旨の売買契約並びに被控訴人および下田府源は右売買契約から生ずる下田物産の一切の債務につき、それぞれ下田物産と連帯してこれを支払う旨の連帯保証契約が成立し、控訴会社は、同月二〇日頃、本件冷凍車を下田物産に引渡したこと、

(2)  これよりさき、下田府源は約二年間、中古のダンプカーを使用して、被控訴人が関係していた建材会社のために土砂運搬の下請仕事に従事していたが、昭和四六年中に右会社が倒産したため、更に一〇屯のダンプの新車を購入して弟と共に独立して土砂運搬業を始めることを計画し、ダンプ車の購入につき被控訴人に連帯保証人となることを依頼したところ、被控訴人は、下田府源が上記会社の下請仕事をしていた当時仕事振りも真面目であつたことや、同会社の下田に対する下請代金の未払があつて同人に迷惑をかけている等の事情を考慮して、下田の右依頼を承諾したこと、

(3)  ところが下田府源は、上記のとおり、土砂運搬業を計画し、ダンプ新車を購入するについて一旦被控訴人から連帯保証人となることの承諾をも得たのであるが、川崎市内の住宅団地における産地直送の鮮魚類の販売の有望なことに目を付け、同年一〇月下田物産を設立するとともに、ダンプ車購入の計画を変更して鮮魚の輸送に必要な冷凍車を購入することとし、上記(1)記載の通り控訴会社に対し冷凍車購入の申込をし、保証人には被控訴人を立てることを申出で、控訴会社においては、被控訴人の信用状態を調査した結果、被控訴人が保証人として適当と判断されたところから、下田との間で代金額、頭金の額、分割払の方法等を打合せ、被控訴人の署名押印を得るため、控訴会社が自動車の割賦販売に使用する自動車所有権留保割賦販売契約書の用紙(不動文字以外の部分は未記入のもの)を下田に交付したこと、

(4)  下田府源は、右契約書の用紙を被控訴人方に持参し、被控訴人に押印方を求めたが、一〇屯のダンプ車も冷凍車も代金額には大差がないため、その際特にダンプ車購入の計画を冷凍車購入に変更したことも、また、鮮魚類の販売を計画して下田物産を設立したことも被控訴人には告げることをしなかつたため、被控訴人は、下田が控訴会社からダンプ車を購入するものと信じて、右契約書用紙およびこれに接続している公正証書作成のための委任状用紙中の連帯保証人欄その他の所要箇所に自己の実印を押捺し、被控訴人が予め用意していた印鑑証明書とともに、これを下田に交付し、下田は更に右契約書および委任状に自己および下田物産の記名押印をしたほか、連帯保証人欄に被控訴人の住所氏名を補充して被控訴人の印鑑証明書とともに右各書類を控訴会社に提出し、控訴会社においては、右契約書に販売する自動車の表示、割賦販売代金額、頭金(即時金)の額、割賦金の支払方法等を記入して契約書(甲第六号証)を完成し、上記(1)に記載したとおり、昭和四六年一二月一七日付をもつて、本件冷凍車につき控訴会社と下田物産との間の売買契約並びに控訴会社と被控訴人および下田府源との間の連帯保証契約が成立するに至つたこと、

およそ以上の事実が認められる。〈証拠〉のうち以上の認定と牴触する部分は、前顕各証拠と対比してたやすく措信し難く、他に右認定を左右するに足りる確たる証拠はない。

以上認定の事実によれば、被控訴人は下田府源が控訴会社からダンプ車を購入するについて下田のために連帯保証人となることを承諾し、控訴会社との間で連帯保証契約を締結するについて下田に代理権を付与したのであるにもかかわらず、下田は右授権の範囲を越え、被控訴人の代理人として、下田物産が控訴会社から本件冷凍車を買受けるについて下田物産のために控訴会社との間で連帯保証契約を締結し、控訴会社は下田に右代理権限があるものと信じて右契約締結に応じたものと解するのが相当である。しかして上記認定の事実によれば、下田府源は控訴会社に対し当初から冷凍車購入の申込をし、連帯保証人として被控訴人を立てることを申出たのであつて、はじめにダンプ車の購入を申込み、後にダンプ車を冷凍車に変更したのではなく、また、連帯保証人としての被控訴人の記名押印のある自動車所有権留保割賦販売契約書および公正証書作成のための委任状並びに被控訴人の印鑑証明書の提出を下田から受けたものである以上、控訴会社において、下田が被控訴人の代理人として本件冷凍車の購入者である下田物産のために控訴会社との間で連帯保証契約を締結するについてその権限があるものと信じたことには正当な事由があつたものというべきである。してみれば、控訴会社と被控訴人との間に控訴会社主張のとおりの連帯保証契約が有効に成立したとの事実はこれを認めることができないが、被控訴人は、民法第一一〇条の定める表見代理の法理によつて、下田府源が被控訴人のために控訴会社との間にした行為につきその責に任ずべきこととなる結果、本件冷凍車の売買から生ずる買主たる下田物産の一切の債務についてその履行の責任があるものといわなければならない。

(三)  ところで、被控訴人は、控訴会社においては事前に直接被控訴人について保証意思の有無を調査確認するための措置を取らなかつたのであるから、控訴会社が下田府源に保証契約締結の代理権限があると信じたについては過失がある旨主張する。しかしながら代理人による法律行為の相手方当事者は、当該代理人の代理権限の有無や範囲について疑義を生ずべき特段の事情がある場合は格別、直接本人にて当該代理人に対する授権の有無や範囲を調査確認すべき義務を負うとの一般原則があるわけではないのであつて、本件の場合においても、被控訴人の連帯保証人としての記名押印のある契約書および公正証書作成のための委任状と被控訴人の印鑑証明書を下田府源から呈示された以上、控訴会社としては被控訴人が控訴会社と下田物産との間における本件冷凍車の売買について下田物産のために連帯保証人となることを承諾し、下田に保証契約締結の代理権限を与えたものと信じたのも無理からぬことであり、控訴会社が直接被控訴人について保証意思の有無を調査し確認することをしなかつたからといつて、このことを捉えて直ちに控訴会社に過失があつたとすることはできないものといわなければならない。このことは代理人によつてなされた法律行為の相手方当事者が、本件の場合における控訴会社のように、いわゆる業者としてその営業活動として法律行為をする場合であつても異るところはなく、また、当該法律行為にかゝる財産の価額が多額であるとの一事によつても差異を生じるものではなく(なお、〈証拠〉によれば、本件冷凍車の売買が行われた当時における冷凍車の現金正価は四五〇万円前後であつたのに対し、一〇トンのダンプ車のそれは四二〇万円前後であり、代金月賦払の場合には、右価額にさらに六〇万円前後が加算されたものと認められる。)、ただこのような場合には、法律行為の一方当事者は、後日生じるかも知れない紛議を未然に防止するために、代理人によつて代表される他方当事者について直接にその意思を調査確認することがより賢明であるということはできても、他方当事者に対してこのような調査確認の義務を負うものとすべき理はないのである。被控訴人は、また、控訴会社においては、下田府源および下田物産が無資力であることが事前調査によつて判明しており、専ら被控訴人の信用のみにもとづいて本件冷凍車の売買をしたものである旨主張するけれども、控訴会社が本件冷凍車を下田物産に販売するに当つて専ら被控訴人の資力、信用のみに依拠したとの事実は、本件に顕われたすべての資料によつてもこれを認めることができず、却つて〈証拠〉によれば、控訴会社においては、下田府源から産地からの直送の方法による鮮魚販売についての事業計画の説明を受け、下田ないし下田物産に約定にかかる割賦金支払の一応の能力があるものと判断して契約を締結するに至つたものであることが認められる。しかのみならず、仮に控訴会社が本件冷凍車の売買をするに当り、被控訴人の資力信用に重きを置いたものであるとしても、このことから直ちに控訴会社が被控訴人に対する関係において、上述したような調査確認の義務を負うこととなる理はなく、ただ控訴会社としては売買代金回収の確実を期するためには、直接被控訴人について保証意思を確認しておくことがより望ましいであろうと言い得るに過ぎないのである。被控訴人は、さらに、控訴会社が下田府源から交付を受けた本件の売買契約書には、車種、代金額、代金支払方法等の記載が全くなかつたのであるから、保証契約の当事者本人である被控訴人が売買の目的物である自動車の車種、代金額等を具体的に諒解しているのかどうかが当然に疑問となるべき筋合であつたとも主張する。しかしながら、民法第一一〇条の規定による表見代理が問題となるのは、本人の代理人に対する授権の範囲が、代理人による法律行為の相手方当者に対する関係において明示されていないことから生じるのであつて、授権の範囲が明示されていなかつたことによつて生じる不利益は、代理人を信頼し、これ代理権を授与した本人が負うのが当然の事理であり、もし然らずして、この不利益は法律行為の相手方当事者が負うべきものとするならば、民法第一一〇条は、殆んど実益のない規定と化するであろう。

これを要するに、本件における主たる争点は、被控訴人はダンプ車買受のための保証契約締結について下田府源に代理権を与えたのに、下田は右授権の限度を越えて冷凍車買受のための保証契約を締結したというところにあるのであつて(冷凍車と一〇トンのダンプ車との価格に大差がないことは、さきに説明したとおりである。)、本件に現われたすべての資料によつても、控訴会社において直接被控訴人について保証意思の有無範囲を調査確認する義務があるとすべき特段の事情があつたものとは認めることができず、控訴会社に過失があつたとする被控訴人の主張は、これを採用することができない。

(四)  よつて進んで、下田府源が被控訴人の代理人として控訴会社との間に締結した保証契約にもとづく被控訴人の義務の内容について検討するに、〈証拠〉を総合すると、下田物産は本件冷凍車の販売契約に定められた即時金一〇万円を昭和四七年三月に支払つたのみで、その余の割賦金の支払を怠つたのみならず、控訴会社に無断で本件冷凍車を第三者に入質してしまつたため、控訴会社は昭和四七年四月一七日、下田物産に対し契約解除の意思表示をするとともに、右質受主に対し被担保債権金五〇万円を代位弁済して本件冷凍車を回収したところ、本件冷凍車のその当時における価格は、金二六六万八、〇〇〇円であつたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

従つて、控訴会社は、下田物産の債務不履行によつて本件冷凍車の割賦販売価格金五〇六万五、九四四円から既に受領済の即時金一〇万円および回収自動車の価格金二六六万八、〇〇〇円を控除し、これに本件冷凍車を回収するために控訴会社が代位弁済をした金五〇万円を加えた金二七九万七、九四四円の損害を蒙つたものというべく、被控訴人は、本件保証契約にもとづく損害の賠償として、控訴会社に対し、右金二七九万七、九四四円およびこれに対する本件訴状送達日の翌日であることが記録上明かな昭和四七年八月二五日以降右完済に至るまでの商法所定年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

よつて、右と結論を異にする原判決は不当であるから、民事訴訟法第三八六条の規定によつてこれを取消すべく、訴訟費用の負担につき同法第九六条および第八九条の規定を適用し、主文のとおり判決する。

(平賀健太 安達昌彦 後藤文彦)

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